神待ち掲示板の遊び方

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神待ち掲示板のメンバーで1人だけ印象に残った家出した奏者
20年ほど前の話です。某ホールで生まれて初めてピアノコンチェルトを弾くことになりました。
特にクラシック関係の人で、ピアノを弾いている人であれば共感できると思うのですが、オーケストラをバックにしてピアノを1人だけで弾く、このピアノコンチェルトというスタイルは、ソロのコンサートとはかなり違ったプレッシャーをピアニストに与えます。
そのオーケストラと初めて顔合わせをした練習場での事。指揮者が自分を団員の皆さんへ紹介してくれ、(一応)温かい拍手を頂きました。でも、こういう事は、正直なところ形式的な社交辞令ですよね。
オーケストラのコンサートマスター(一番ピアニストの近くに座っているヴァイオリニスト)はアメリカ人の初老の男性でした。団員で外国人は彼一人で、先の拍手の時にも実に温和な表情で、新米で緊張していた自分には救いとなりました。
その後、すぐ楽曲の合わせに入りましたが、思うようにオーケストラ(特に管楽器)と自分のピアノのタイミングやテンポが合わず、困る場面がいくつもありました。ところが、先の外国人奏者が加わると上手い具合にまとまっていくのです。
彼のヴァイオリンの響きは、沢山いる弦楽器奏者の中でもハッキリ聞き分ける事ができるのです(これは他のピアニストも後日言っていました)。必死に演奏しながらも、彼の旋律がリードしてくれて、曲が進んで行くように思えたのです。
指揮者も優秀な人で、自分に対していろいろ気遣って頂き有難かったのですが、自分が演奏中に頭の中で中心に据えたのは、実はコンサートマスターでした。英語をまともに理解できない自分に、時折気を遣って声をかけてくれるような人でした。
後日、本番を迎えた時でも、このコンサートマスターの存在は自分の中で大きく、おかげでさまでコンサートは無事終了。
その頃、存命だった自分の両親が、コンサート終了後に楽屋へ行った際、どうやらそのコンサートマスターがいろいろ話しかけてくれたそうなのです。
母は、私以上に全く英語の解らなかった母親でさえ、その人が息子の事をほめて感謝の意を伝えようと努力してくれているのが理解できたと、しきりに言っていました。
「自分が彼の立場だった場合、同じような行動をしただろうか?」と、自問自答してみますが、やはり彼のようにはしていないのではないかと思います。音楽のレヴェルが高いとか、そういう次元では無く、やはり彼の人間性が素晴らしいのでしょう。
その後、海外の人と接する機会は比較的多かったのですが、あの素敵な表情と態度は外国の人としては一番印象に残っています。